指示を聞く姿勢を育む教室での声かけと工夫
教室での指示伝達がスムーズにいかないと感じたら
日々の教室運営において、「指示が子どもたちに伝わらない」「何度言っても行動してくれない子がいる」といった状況に直面することは少なくないでしょう。特に、授業中や活動の切り替え時など、クラス全体に素早く、正確に指示を伝えたい場面で、子どもたちが注意を向けられなかったり、指示を聞き逃してしまったりすると、スムーズな進行が妨げられ、教員も子どもたちもストレスを感じることがあります。
これは、子どもたちが「聞く気がない」のではなく、発達段階や個々の特性により、情報を処理したり、注意を持続させたりすることが難しい場合があるためです。心理学の視点を取り入れることで、子どもたちが指示を聞き入れやすくなるような声かけや教室環境の工夫が見えてきます。ここでは、教室で「指示を聞く姿勢」を育むための実践的なアプローチをご紹介します。
指示伝達に関わる心理学の考え方
子どもが指示を聞き、適切に行動するためには、いくつかの心理的なプロセスが関わっています。
- 注意 (Attention): まず、教師の指示に注意を向ける必要があります。周囲の刺激が多い教室環境では、特定の情報に注意を集中させ続けることが難しい子どももいます。
- 理解 (Comprehension): 指示の内容を正確に理解する必要があります。言葉の意味が分からなかったり、指示が複雑すぎたりすると、理解が追いつきません。
- 記憶 (Memory): 指示を一時的に記憶し、行動に移すまで保持しておく必要があります(ワーキングメモリの働き)。複数の指示を同時に覚えるのは、子どもにとって難しい場合があります。
- 動機付け (Motivation): 指示に従って行動することに何らかの動機があるかどうかも影響します。行動の結果に対する期待(褒められる、課題が早く終わるなど)も重要です。
これらのプロセスを踏まえ、心理学、特に認知心理学や行動心理学の知見は、効果的な指示伝達と、子どもたちの「聞く姿勢」を育むためのヒントを与えてくれます。例えば、オペラント条件付けの原理に基づけば、指示を聞いて行動した後の肯定的な結果(褒められる、認められるなど)は、その行動が繰り返される可能性を高めます。
教室で実践できる具体的な声かけと工夫
心理学の知見を基に、現場で「すぐに試せる」具体的な方法をいくつかご紹介します。
1. 指示の出し方を工夫する
- 明確に、具体的に: 「ちゃんとする」「しっかりやる」といった曖昧な言葉ではなく、「鉛筆を持って教科書を開きましょう」「椅子を机の下に入れましょう」のように、具体的に何をしてほしいのかを明確に伝えます。
- 短く、一度に一つ: 特に低学年の子どもや、集中が持続しにくい子どもには、一度に複数の指示を出すのではなく、一つずつ、短い言葉で伝えます。「まずこれをやって、それが終わったら次は何々をする」のように、ステップを分けて指示を出すのも有効です。
- 声のトーンや速さ: 早口すぎず、落ち着いたトーンで話します。重要な指示は少しゆっくりめに、聞き取りやすい声量で伝えると注意を引きつけやすくなります。
- 視覚的な補助: 口頭での指示だけでなく、ホワイトボードに手順を書く、イラストや写真で見本を示す、ジェスチャーを加えるなど、視覚的な情報も組み合わせることで、理解を助けます。
2. 肯定的な声かけと強化を活用する
- できた行動を具体的に褒める: 指示通りに行動できた子どもに対して、「〇〇さん、すぐに指示を聞いて本を開けて素晴らしいね」「□□君、椅子をきちんと机の下に入れたね、ありがとう」のように、具体的にどのような行動が良かったのかを伝えて褒めます。行動とその結果(褒められた、認められた)を結びつけることで、今後も指示を聞いて行動しようという動機付けにつながります。
- ポジティブな言葉を選ぶ: 「〜するな」といった禁止の言葉だけでなく、「〜をしましょう」「〜するともっと良くなるよ」といった肯定的な言葉で促します。
3. 注意を向けるための働きかけ
- 指示を出す前に注意を促す: 「今から大切なお知らせがあります」「〇〇さん、先生を見てください」など、指示の本題に入る前に子どもたちの注意をこちらに向けさせる合図や声かけをします。
- 名前を呼ぶ: 特定の子どもに指示を聞いてほしい場合は、指示の前にその子の名前を呼んでから話しかけます。名前を呼ばれることで、自分に向けられたメッセージだと認識しやすくなります。
- アイコンタクト: 指示を出す際に、可能な範囲で子どもたちと目を合わせるようにします。
4. 教室環境とルーティンの工夫
- 刺激の少ない環境: 気が散りやすい子どもの席を窓際や廊下側から離す、掲示物を整理するなど、指示を聞く際に邪魔になる可能性のある刺激を減らす工夫をします。
- ルーティンの定着: 朝の準備、授業の開始・終了、片付けなど、日常的な行動の手順をルーティン化します。繰り返すことで、いちいち詳しい指示を出さなくても子どもが自主的に行動できるようになり、指示伝達の負担を減らせます。
5. 選択肢を与える
- 指示通りに動くことが難しい子どもには、「この課題とあの課題、どちらから先にやりますか?」のように、限定的ながらも選択肢を与えることで、主体的な行動を促すことができます。自分で選んだという感覚が、行動への抵抗感を減らすことがあります。
ケーススタディ:具体的な場面での応用
場面1:授業中にキョロキョロしてしまい、指示を聞き逃しがちなA君
- アプローチ:
- 指示を出す前に、A君の近くまで行き、優しく名前を呼んで目を合わせます。「A君、今から大事な話をするよ、聞いてね。」
- クラス全体への指示は、可能な限り短く、視覚的な補助(板書や提示物)も加えます。
- 指示を聞いて行動し始めたら、すぐに「A君、すぐに始めてくれたね、素晴らしい集中力だね!」と具体的に褒めます。
- 席順を前の方や、周りに気が散るものがない場所に調整することも検討します。
場面2:朝の支度の指示を聞かずに遊び始めてしまうBさん
- アプローチ:
- 朝の支度の手順を、絵や写真のカードで示し、教室の分かりやすい場所に貼ります(視覚支援)。
- 支度を終えることを、Bさんにとって魅力的な活動(例:好きな絵本を読む時間、簡単なゲーム)と関連付けます。「支度が全部終わったら、絵本を読もうね。」(プレマックの原理の応用)
- 支度のステップごとに、「まずカバンが出せたね、すごい!」「次に体操服をしまったね、できた!」のように、できた行動を具体的に褒め、次のステップを促します。
実践上のポイントと注意点
- 一人ひとりの理解: 子どもたちの発達段階や個々の特性(特定の指示の理解が難しい、聴覚情報処理が苦手など)を理解することが重要です。すべての子どもに同じ方法が有効とは限りません。
- 継続と柔軟性: 効果が見られるまでには時間がかかることがあります。諦めずに継続するとともに、子どもの反応を見ながらアプローチを柔軟に変えていく姿勢も大切です。
- 完璧を目指さない: 最初からすべての子どもが完璧に指示を聞けるようになるわけではありません。小さな一歩や、以前より良くなった点に焦点を当て、肯定的に捉えることが、教員自身の負担軽減にもつながります。
- 他の支援との連携: 必要に応じて、特別支援コーディネーターやスクールカウンセラー、保護者などと情報を共有し、連携した支援を検討することも有効です。
まとめ
子どもたちが教室で指示を聞き、行動に移せるようになることは、クラス運営をスムーズにし、すべての子どもが安心して学べる環境を作る上で非常に重要です。今回ご紹介した心理学に基づいた声かけや環境づくりの工夫は、特別な準備が必要なものではなく、日々の実践の中で少しずつ取り入れられるものばかりです。
まずは、クラスの中で特に指示伝達に課題を感じる場面や子どもに焦点を当て、一つの方法から試してみてはいかがでしょうか。小さな変化でも、積み重ねることで子どもたちの「聞く姿勢」を育み、より良い教室環境へとつながっていくはずです。日々の実践の中で、子どもたちの反応を観察しながら、ご自身に合った方法を見つけていくことを応援しています。